これは、すべて逆説的にとらえてください。
所々、本音もありますが、それはそれとして・・・・・・
10 葬 儀
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 いよいよ葬儀となりました。
「お葬式」というのは、通夜、葬儀、告別式
出棺、火葬、・・・ までの
一連の儀式を差して言います。
一般に「お葬式」は、たいてい通夜翌日の
儀式を差して使うことが多いようですね。
この儀式は社葬などでは
葬儀と告別式に分けてやることがありますが
普通 の家では同時進行です。
ですから、遺族にとっては通夜同様
大変です。
一番肝心な部分、特に読経中は
僧侶のお経に専念するだけでなく
会葬者の焼香にも黙礼せねばなりません。
これが同一方向な らば問題がないのですが
たいていは正反対の設定になっております。

 前、いわゆる祭壇のほうを向きつつ後ろの焼香者にも会釈する。
この何とも言えない不確かなポジション。どちらにも専念できない中途半端さ。
これが現代の葬式の特徴です。
 つまりお葬式というのは、私流に言えば・・・ 「鯛焼き」みたいなものです。
今川焼きという古来(おおげさ!)からあったものが、鯛の形(あの形を見て
だれが鯛を想像するであろうか?むしろネーミングのうまさで魚と言えば
鯛という単純な発想でしょう。)
そう、鯛という魚の形を当てはめたことにより付加価値がついてしまったのです。
そこには、作法がうまれました。
お頭は左に。そこから食べるものではない。
あるいは尻尾まであんこを入れなければ「鯛焼き」 とはいえない、・・・等々。
丸い今川焼きが魚の形を取ることでやれ頭だの尻尾という部分の概念が
出来上がってきたの です。

 本質は中のあんこと外回りの皮(側)の部分。これだけで味わうものが
下手な形を付けた ことにより、あそこは尻尾にまであんこが入っている店だ
などという流言をマスコミは大事 件として社会面で
取り上げるようになってしまいましたね。(・・・でもないか・・・)
「泳げ鯛焼き君」では、自発的に逃亡を企てるところにまで
イマジネーションが発展したのです。
 葬儀もまさに、この「鯛焼き君」と同じ発想と言えるでしょう。
形を付けることにより、その形のみをとらえて、あれこれ議論が立つ。
こういう今様のかたちを作ったのは、他ならぬ葬儀屋さんたちでありました。
ですから、みなさんもどんどんその議論に加わって下さい。
あんこの質や皮(側)の善し悪し は2の次です。
値段と大きさ、尻尾のあんこのあるなし。これが正しい鯛焼きの・・・つまり
葬儀のありかたを考える第一歩です。
では一体、今川焼きの存在はどうなるのでしょう?
んな、ことは、関係がないのです。あの単純な丸いだけの形。
もはや意味がありません。
あんこの味や、皮の質感で勝負する時代は終わりました。
葬儀といえばあの形。そうです、形からお葬式は入らねばなりません。
 葬儀も告別式もミックスされた形式の流れに
時間の浪費や葬儀社の手間、遺族の疲労が省かれるのは
たいへん良いことですよね。

 

  最後に喪主が、挨拶をいたします。いわゆる尻尾のあんこの部分。
(どうも鯛焼きにこだわっている私です。)ここもしっかりと葬儀社に原稿を作らせ
時間の配分を有効にして下さい。
誰も聞いている人はいませんが、決まり文句の中に一カ所は
声を詰まらせるところが欲しいです。これをサビといいます。
わざとらしさはいけません。ここはあなたが主役なんです。
故人とは何の関係もない葬儀屋さんが、涙ながらに流ちょうなせりふ回しで
せっかくここまで盛り上げてくれくれました。これに報いるためにも、がんばって下さい。
そう、主役のあなたが・・・。

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